日々使うための器をつくる
Matiass Preiss ·
手作りの器のなかには、買われたあと守られてしまうものがあります。棚に置かれ、年に二度使われ、離れたところから眺められる。その気持ちはわかりますし、私はそれに逆らって作ります。器は飲まれることで完成します。食べものを受けない鉢は、鉢の彫刻です。私の仕事が受け取れるいちばんの褒め言葉は、十年のあいだ毎朝、考えもせずに選ばれる、誰かの当たり前の器になることです。
使うために作る
日々使われることは、あとから付け足す配慮ではなく、設計の条件です。まず素材から始まります。焼き締まるまで焼いた炻器は緻密で硬く、水を吸いません。これまでに作られたなかでもっとも丈夫な食器と同じ系統の材料です。次にかたちです。しっかり立つだけの幅のある高台、熱を隔てるだけ厚く、それでいて持ち上げられるだけ釣り合いの取れた壁、そしてやわらかく仕上げた口縁。何千回も誰かの唇に触れるからです。
実用の面に使う釉薬は、安定していて食品にも安全なものを選び、ガラスが完成するまできちんと焼きます。食洗機やスプーンに耐えられない美しい表面は、彫刻的な仕事なら構いません——ギャラリーの作品は別の規則で動いています——けれども実用の仕事は、二つの約束を守らなければなりません。美しく、そして使えること。
使うことが器にすること
使用は焼きものをゆっくり変え、たいていは良いほうへ変えます。親指の当たるところで、艶は目に見えないほどやわらぎます。貫入の器は、お茶が線の網を見つけるにつれて、少しずつその線を育てます。日本ではこの染みは傷ではなく、器があなたと過ごした時間の記録です。無釉の高台は、毎日木の上に置かれることで、かすかな艶を帯びていきます。どれも劣化ではありません。来歴のある器と、まだ包みのなかにある器の違いです。
もちろん、正直な限度もあります。急な温度変化——凍えた器に熱湯、熱い鉢を冷たく濡れた台へ——は、手作りでも工業製品でも、陶磁器の唯一の本当の敵です。気をつける習慣は多くありません。お手入れにまとめてあります。
飾ることより、これが大事な理由
使われている器は、あなたの一日のいちばん無防備なところに入ってきます。コーヒーの前、言葉の前です。作り手が重さと口縁に込めたものは何であれ、そのときあなたに渡ります。毎日、ほとんど意識されずに。積み重なったその接触は、どんな棚も届けられない大きな美的経験であり、また別の工業製品ではなく手仕事の器を買う、本当の理由です。
ですから、使ってください。現在の作品のどれもが、そのつもりで作られ、釉を掛けられ、焼かれています。この器は、あなたの生活から守られる必要はありません。そのなかに置かれる必要があります。