手作りの器に同じものが二つとない理由

Matiass Preiss ·

「どれも一点物です」という言葉は、あまりに多くの商品ページに書かれて、もう何も意味しなくなりました。ですから具体的に書きます。同じ土から、同じ午後に、同じ釉薬で挽いた二つの器が、なぜ仕組みとして別のものになって窯から出てくるのか。

土は均一ではありません

同じ袋のなかでも、土の水分と粒の分布はわずかに違います。秤で同じ重さにした二つの塊は、同じ力に対して別の動きをします。片方は少し高く伸び、片方は開きたがる。土には記憶もあります。練りと挽きのあいだに入れられた応力は素材のなかに残り、乾燥と焼成のあいだに小さな動きとしてかたちに戻ってきます。いちど楕円に押された口縁は、削ったときどれほど丸く見えても、火のなかで楕円へ戻っていきます。

手は機械ではありません

挽かれた壁は圧をそのまま記録します。轆轤は一定に回っていても、壁を伝う手は一定ではありません。一引きごとが、決められた手順ではなく、その場のやりとりです。手作りの器を螺旋に登っていく轆轤目は、文字どおりその午後の注意の記録です。同じかたちを四十回挽けば、四十の兄弟が生まれます。明らかに血縁があり、一人ずつ違う。三代続いた家ですから、轆轤目だけで誰が挽いたかは、私にはたいてい見当がつきます。

釉薬の厚みは地形です

器を釉薬に浸すと、その膜の厚みはミリの何分の一かの単位で変わります。流れ落ちて溜まったところは厚く、縁や稜の上は薄い。その何分の一かがすべてを決めます。厚いところでは色が深くなって溜まり、口縁で薄くなったところには土が透けます。結晶釉ではこの働きがさらに強く出ます。結晶は熔けの化学と冷却が許すところに育ち、二度の焼成が同じように散らすことはありません。詳しくは釉薬は器の性格をどう変えるかに書きました。

窯には地形があります

窯のなかの温度は、ひとつの数字ではありません。棚ごとに暖かい場所と冷たい場所があり、電熱線のそばに立つ器は、中央に立つ器とは少し違う焼成を受けます。同じ釉薬でも、どこに立っていたかによって、艶が出たり、艶消しになったり、よく切れたり、結晶が育ったりします。これを窯詰めの位置と呼びます。自分の窯の地形を覚えるには何年もかかり、しかも終わりがありません。

買うときに、それが意味すること

商品ページの写真は、型番の見本ではなく、あなたのもとへ届く器そのものだということです。現在の作品の一点ずつを個別に撮影し、一度だけ載せ、持ち主が決まれば売却済みとする理由もそこにあります。二つの器が釉薬とかたちを分け合うことはあっても、あなたが選んでいるのは仕様ではありません。この口縁と、この表面を持つ、この器です。それは一度きり存在します。